Selen Gülün Concerts in  Tokyo

Selen Gülün Concerts in Tokyo

Selen Gülün コンサート予定 Love Turkeyブランドアンバサダーでトルコ人ジャズピアニストのセレン・グルン 2017年に生活基盤を日本に変え、東京で音楽活動を続けている。 トルコでジャズと言えば一人者のセレンの音楽を是非お聞きになってみてください。 3rd Anniversary Concert! – Selen Gülün Trio at Electrik Jinja – 6/16 (Sat) Selen Gülün Trio is back at Electrik Jinja to celebrate the 3rd Anniversary of Selen’s first concert in Japan that took place right here in June 2015. Selen率いるSelen Gülünトリオが、Selenが2015年に日本で初めてコンサートを行った場所・Electrik神社に3年ぶりに戻ってきます! −Selen Gülün Trio− Selen Gülün (Electric Piano,…

ババ・ズラ BaBa ZuLa

ババ・ズラ BaBa ZuLa

セレングルンが紹介するトルコの音楽家たち - 2 ババ・ズラ BaBa ZuLa ババズラは、トルコ音楽シーンで、どのジャンルにも属さない珍しいグループの一つである。1996年にデルヴィッシュ・ザーイム監督の映画「棺の中でオーバーヘッドシュート」のテーマ曲を作るために結成されたグループだが(訳者注:すでにここまでもすごいですが)、今日のように世界各国でコンサートツアーを展開するとは当人たちも予想だにしていなかっただろうトルコ民謡をベースにして、トルコ音楽のルーツと近代音楽を融合させている。その妥協しない姿勢が彼らの音楽のオリジナリティを生み出している。ファンクと電子音楽の両方の要素が垣間見れるが、その原点はトルコの大地にある。生まれたのはトルコ語のサイケデリック音楽だ。 サズの弾き語りアーシュク・ヴェイセル、アーシュク・マフズーニ、トルコポップ歌手の草分けバルシュ・マンチョやポップグループモオルラル(モンゴル人という意味)から影響を受けながら、同時にジミーヘンドリック、ボブマーレイ、サンタナ、ザドアーズからもインスピレーションを得ている。ババズはこの自由さがあったがゆえにトルコ国内に留まらず、世界各国で注目されているのだ。楽曲もさることながら、ステージパフォーマンスも称賛に値する。ダンスや演劇的要素を取り込むことにより、自らの音楽と思想を視覚的にも訴え、彼らは観客と一つになる。あたかもシャマニズムのリチュアルの相を呈しているのだ。 Özgür Ruh (何物にも束縛されない)- Başka Bir Alem (もう一つの世界) アルバム 1996 – Tabutta Rövaşata (映画「棺の中のヘッディングシュート」のサウンドトラック) – Derviş Zaim (Ada Music) 1999 – Üç Oyundan Onyedi Müzik(Doublemoon) 2003 – Psychebelly Dance Music(Ruhani Oyun Havaları)(Doublemoon, mixed by Mad Professor) 2005 – Duble Oryantal(Doublemoon, mixed by Mad Professor) 2006 – Dondurmam Gaymak – Film Müziği – Yüksel Aksu (Rh Pozitif) 2007…

音楽家セレン・グルン連載記事開始!

音楽家セレン・グルン連載記事開始!

音楽家セレン・グルン連載記事開始! 今年から日本で音楽活動を始め、ラブターキーのブランドアンバサダーになっていただいたジャズピアニストのセレン・グルンさん。これから毎月、彼女の音楽関連の記事がラブターキーのブログに連載される。 初回からは、日本ではなかなか情報が得られない世界で活躍するトルコ人ミュージシャンを紹介してもらう。 いずれは、日本で活動している外国人ミュージシャンとしてグルンさんが見た日本の音楽シーンなどについての記事もお届けする予定でいる。 現代トルコ音楽を代表するミュージシャンたち Gaye Su Akyol ガーイェ・ス・アクヨル     BaBa ZuLa ババ・ズラ Elif Çağlar エリフ・チャーラル

ジャズピアニスト セレン・ギュリュン プロフィール

ジャズピアニスト セレン・ギュリュン プロフィール

SELEN GÜLÜN (セレン・ギュリュン) 作曲家、ピアニスト、歌手、編曲者。LOVE TURKEYブランド・アンバサダー  イスタンブール大学国立コンサーバトリーや、米国のバーリクー大学等、数多の音楽大学で教育を受ける。様々な現代音楽のスタイルでの作曲やパフォーマンスが特徴で、その積極的な活動は、Charles Mingus Composition Award, やthe British Council Visiting Arts、Creative Collaboration in Music等、これまでに数多くの賞を受賞してきた。セレンが作曲した音楽は、母国トルコのみならず、英国、ドイツ、デンマーク等をはじめとした各ヨーロッパ諸国の他、アメリカ、ブラジル、ロシア等でも演奏されている。 これまでに5枚のCDアルバム、Just About Jazz Live (recjazz, 2006), Selen Gülün Trio Sürprizler (recjazz, 2006), Selen Gülün by Selen Gülün (re:konstruKt, 2009), Answers (pozitif, 2010), and Başka (linrecords, 2013)を発表しており、まもなくリリース予定の6枚目のアルバムthe Women’s Matineeは、セレンのライブコンサートを収録したものである。Answers reached #6 and Başka reached #4 in the Jazz Tokyo…

関口義人(せきぐち・よしと)
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関口義人(せきぐち・よしと)

関口義人(せきぐち・よしと) 音楽評論家 商社勤務で東欧各地に駐在。退社し帰国後、音楽評論および1998年からジプシーの取材・執筆活動を展開。桜美林大学講師。主な著書に『オリエンタル・ジプシー』(青土社)、『ジプシーを訪ねて』(岩波書店)、『ヒップホップ! 黒い断層と21世紀』(青弓社)、『ベリーダンス 伝統と革新のあいだで』(彩流社)ほか 筆者関口義人さんの全ての本をみたい!

ロック歌手 テオマン

ロック歌手 テオマン

テオマン Teoman (1967年11月20日-)イスタンブール出身。トルコのロックシンガー、作詞家。 ボアズィチ大学社会学部を卒業後、歌手へ。 代表曲に「Paramparca(木端微塵)」、「Senden Once Senden Sonra(君の前、君の後)」、「Papatya(デイジー)」がある。 2011年8月4日に自身のウェブサイトで音楽活動から正式に身を引くことを宣言するも、翌2012年11月24にはカムバック宣言をし、話題になった。   関連記事 ・バルシュ・マンチョ ・ハイコ・ジェプキン

タルカン Tarkan

タルカン Tarkan

タルカン Tarkan (1972年19月17日-)ドイツ出身。 トルコのPOP歌手。ヨーロッパやアメリカなどでも人気で、「トルコの貴公子」との愛称を持つ。 幼少期を家族と共にドイツで過ごしたが、1982年、13歳の時にイスタンブールに移住。 1993年、「Yine Sensiz(また君がいない)」で70万枚を記録する衝撃的なデビューを飾った。 1994年、セカンド・アルバム『A-Acayipsin(お前ってすげぇな)』が、トルコとヨーロッパを合わせて275万枚のセールスを記録し、トップスターとしての地位を確実にした。 1999年にはドイツやフランスを主として欧州各国でシングル『Şımarık(甘えん坊)』 が爆発的なヒットを記録、同年フランスにて開催されたワールド・ミュージック・アワードで優勝した。2000年5月にはシングル『Şımarık』が邦題『Chu!Chu!は恋の合言葉』としてユニヴァーサル・クラシックより日本に発売され、アルバム『Chu!Chu!は恋の合言葉~トルコより愛をこめて』もまた同年に日本で発売された。2002年には、FIFAワールドカップにおいて、トルコ代表チームの応援歌も手掛けるなど、トルコを代表する歌手である。   タルカン「Simarik」はこちら 関連記事 ・テオマン

セゼン・アクス Sezen Aksu

セゼン・アクス Sezen Aksu

セゼン・アクス Sezen Aksu (1954年7月13日 – )は、トルコのシンガーソングライター・音楽プロデューサー。 1975年にデビュー。これまでに4,000万枚以上のアルバムを売り上げているトルコ音楽の大御所的存在であり、「トルコPOPの女帝」と呼ばれる。国民的歌手であり、その人気はいまでも健在だ。 関連記事 ・バルシュ・マンチョ ・ハンデ・イェネル  

セルタブ・エレネル Sertab Erener

セルタブ・エレネル Sertab Erener

セルタブ・エレネル Sertab Erener (1964年12月4日-)イスタンブール出身のPOP歌手。 POPシンガーになる以前は声楽を学んでいた。ソプラノ歌手であり、音域が非常に高いことで評価されていた。 ヨーロッパでは、「Every Way That I Can」を披露したユーロビジョン2003年の優勝者として名高い。 セルタプ・エレネルのユーロビジョン2003でのパフォーマンス 関連記事 ・ハーディセ ・タルカン

ムスタファ・サンダル Mustafa Sandal

ムスタファ・サンダル Mustafa Sandal

ムスタファ・サンダル Mustafa Sandal (1970年1月11日-)イスタンブール出身。POPシンガーソングライター、音楽プロデューサー、ダンサー、実業家、俳優など、様々な顔を持つ。これまでにアルバム売上は2000万枚を超え、トルコを代表する歌手。 少年時代から母国を離れ、高校はスイス、大学はアメリカのニューハンプシャー大学でマーケティングを学ぶが、大学在学中に音楽の道へ進むことを決意しトルコへ帰国。 1994年、『Suç Bende(僕のせいだ)』でデビュー。いきなりCD20万枚、カセットテープ150万本を売り上げ、この年トルコで最も売れたアルバムとなった。1996年、 『Gölgede Aynï(影の中では同じ)』をリリース。こちらは、CD60万枚、カセットテープ250万本を売り上げる。また、このアルバムから「Araba(車)」がヒットする。 1997年、女性歌手・İzelのアルバム『Emanet(預かりもの)』をプロデュースする。1998年、『Detay(ディーテール)』をリリース。「Aya Benzer(月に似て)」がシングル・カットされチャートの首位を獲得。1999年、フランスのソニーと契約。2000年、過去の曲をヨーロッパ・マーケット向けに 再編集した『Araba(車)』をリリースし、世界デビュー。 ムスタファ・サンダル「Araba」はこちら 関連記事 ・ムラト・ボズ ・ベンギュ