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バヤンヤヌ トルコの風刺かわら版
バヤンヤヌ トルコの風刺かわら版 バヤン・ヤヌはトルコ語で‴女性の隣‴を意味をする言葉。 元々は長距離バスなどのチケット売り場で使っていた表現。 知らない男性の隣での長い旅を辛く感じる女性に、バヤン・ヤヌ(他の女性客の隣の席)を挙げるのはバス会社のセールストークの一つであった。 この雑誌はバス会社と何の関係もないものの、中身を見ると女性の漫画家やエッセイストばかり。 女性の目線で見たトルコが楽しめる。 月刊誌 全32ページ 値段 6リラ (約240円)2015年9月現在 紹介したいのは2015年9月号 3ページ 左上の緑のごみ箱に四つの穴がある:金属類、紙類、プラスチック類、女 (イスタンブールで殺害された女性の死体の一部がごみ箱から見つかって、殺人が男性の友人だったことが判明した。このニュースを受けての風刺) 表紙 シーリアからの難民がトルコ経由でヨーロッパに流れ、地中海のリゾート地海岸などで命を落とした難民も多かった。雑誌の表紙はこの問題をテーマにしている。 男の子:(アラビア語の文字で)助けて!(トルコ人が分かるよう右下に訳が書かれてある) 女性:なんてひどいこと。どこもアラブ人だらけ! 男性:9月の海は静かだと言ってたのに。 12-13ページ こちらに小さなストーリーが描かれている。 一年ぶりに別荘に戻るイペックが、家の中で自分の写真を見つめているハリルに会う。ペンキ屋だが、この写真がお気に入りで、時々入って観賞するとのこと。 自分より自分の写真に恋を感じる彼はイペックが今まであったことのないタイプの男で、。。。 裏表紙 ご近所同士の楽しい会話がテーマになっている。 太り気味な体系が現実的で可愛い。 右に宣伝されているのは女性漫画家フェイハン・ギュヴェルの新作Elalem ne der? (世間に知らされたらどうなる)

在日トルコ商工会議所の会報
在日トルコ商工会議所の会報 商工会議所の会報と聞くと、商売と関係のない一般人にとって面白く感じないことであろう。 しかし、1995年創立の在日トルコ商工会議所のニュースレターは一味違う。 日本在住のトルコ人コミュニティの唯一の出版物であり、歴史研究やトルコ語の勉強をされる方にお勧めだ。 非定期的に出版されるものだが、中身も充実している。 1995年初刊 ダウンロード 2015年春号 ダウンロード 2015年春号 ダウンロード

『白い城』オルハン・パムク
『白い城』 Beyaz Kale 2009年 藤原書店 オルハン・パムク(著) 宮下遼、宮下志朗(翻訳) <あらすじ> 舞台は17世紀のイスタンブール。ナポリへの航海中に海賊にさらわれ、奴隷としてイスタンブールにやってくるヴェネチア人学生が主人公だ。彼はのちに「師」と呼ばれる、自分と見間違うほどよく似た男の奴隷となる…

作家 オスマン・ネジュミ・ギュルメン Osman Necmi Gurmen
オスマン・ネジュミ・ギュルメン Osman Necmi Gurmen (1927年‐)トルコの小説家。主に歴史小説を書く。 彼のデビュー作『L’echarpe d’Iris』はフランス語で書かれ、同国で1976年に出版された。同作は翌1977年にトルコのヒュッリイェト出版によりトルコ語版『Ebemkusagi (虹)』としてトルコでも人気作となった。彼の小説第4作目となった『Rana』は2006年にトルコで出版され、半年以上に渡ってトルコでベストセラー小説となった。 日本語で出版されているギュルメンの著作としては、 『改宗者クルチ・アリ協会からモスクへ(Muhtedi Kiliseden Camiye、 藤原書房 2010年)』がある。 詳しくはこちら 関連記事 ・オルハン・パムク ・セルダル・オズカン

ウイクスズ トルコの風刺かわら版
ウイクスズ トルコの風刺かわら版 uykusuz 2007年に創刊。トルコと北キプロス共和国で発行され、トルコで最も売上高の大きい風刺新聞である。エンブレムはパジャマズボンにタンクトップの男性。 週刊紙 uykusuz 全16ページ 値段 トルコでは3.5リラ(約140円)、キプロスでは4リラ(約160円)2015年10月現在 紹介するのは2015年10月1日版 表紙 石像たちの会話「今度は俺らの番か。ギブスだらけにされちまう」「兄さん、ストレスためすぎると余計に日々入るから気を付けなよ「しっ!静かにしなよ、ほら、人間が来るよ」 この会話の拝啓には、トルコで多くの遺跡が修復により改悪されているという大ニュースがあった。(サンデーズ・ザマン紙の紹介ページ参照)。この石像はトルコの遺跡の中でも有名なネムルト山のもので、神々の像だといわれている。神さえも恐れる修復工事とは、いったいどれほど恐ろしいのだろうか… 11ページ 左上「兄さんそれどーしたんだよ?」「いやー暑くてブーツなんて履いてられねぇからよ!」 左下 老人たちの会話「どこで定年なさったんですか?」「広告会社のクリエイティブ・ディレクターでした」「それは素晴らしい。で、あなたの方は?」「56年間ソフトウエア会社で働いて、モバイルアプリの開発担当者でした」 隣の机の若者「もうどこにも普通のじいちゃんがいなくなっちまったなぁ…」 12ページ 漫画だけかと思えば、アタテュルクやチェ・ゲバラの写真の載ったエッセーもある。 15ページ(右) 右下 恐竜(落下する隕石を見ながら)「いつかきっと僕たちをテーマにドキュメンタリーを撮ってくれるよね!グスン泣」 関連記事 ・ハジャマット トルコの宗教的風刺かわら版

クリミア・タタール語雑誌 Bahçesarayバフチェライ
BAHÇESARAY クリミア・タタール語雑誌 Crimean Tatar magazine Bahçesaray 紹介するのは2016年4月日付の75号 表紙は2016年度ユーロビジョンソングコンテストでクルミア・タタール語の歌でウクライナを代表して見事に優勝したジャマラさん。民族服装のこの若い女性は今やクリミア・タタール人の間で英雄的な存在だ。 バフチェサライとはクリミア班国の首都であった街で、クリミア・タタールの王様(ハーン)たちが何百年も使用していた宮殿や学校など色々な歴史的な建物が残っている。ソ連時代にクリミアの地名は全てロシア語に変えられましたが、ロシア文学の嚆矢ともいえる詩人アレクサンドル・プーシキンが「バフチェサライの泉」という詩を残したお蔭で、この町だけがクリミア・タタール語の名前のまま残っている。 紹介する雑誌はイスタンブール在住のクリミア・タタール人協会の会報で、消滅危機言語であるクリミア・タタール語で刊行されている唯一の雑誌である。それでも、ほとんどのページがトルコ語で、クリミア・タタール語は10ページのチェレビ氏の詩の部分と12ページの昔話だけになっている。トルコ語が属するオグズ語群とキプチャク語群の中間の可愛い言葉だ。 広告主のウルケルはゴディバを買収したトルコの大企業で、創業者はクリミア・タタール人であった。 その故、クリミア・タタール人コミュニティの大きなスポンサーになっている。 Tags: Crimean Tatar magazine Bahcesaray Ukraina