Istanbul: City of a Hundred Names (英語)
Istanbul: City of a Hundred Names (英語)
2007年 Aperture
オルハン・パムク(著)アレックス・ウェブ(写真)
ノーベル文学賞受賞者オルハン・パムクがエッセーを掲載している、イスタンブールを舞台にしたユニークな写真集。
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記事紹介:「縦書きのアラビア文字」 牛木久雄 国際善隣協会会員 機関紙「善隣」2016年5月号に掲載の面白い記事を紹介します。
釣り人が教えてくれたイスタンブルの楽しみ方 イスタンブルでは初雪も降り、冬本番だそうです。冬のイスタンブルというと私は思い出す光景があります。ガラタ橋で釣りをするおじさん達です。「雨にも負けず、風にも負けず」と言いますが、まさに寒い夜に火を焚いてまで釣りをするおじちゃん達の光景に純粋に「なぜ?」と強く思ったのです。 そこで、当時一緒の寮だった友人と一緒にカラキョイに行って一式60TL(当時のレートで3000円程)の安い釣竿を買い、めでたくイスタンブルで釣りデビューすることになりました。親しみやすそうなおじちゃん達に声をかけて、仲間に入れてもらいます。安い釣竿なので全く釣れません。それでも、笑いながらもエサのつけ方から自分の釣りのテクニックまで教えてくれます。時にはラクやエフェスを片手に、缶詰の煮物やチーズをつまみながらトルコの文化や政治、人生相談まで色々なことを話しました。 今思い返せば、おじちゃん達も私も「釣り」という行為よりも、一緒に過ごす「時間」を楽しんでいたのでしょう。魚が釣れるかどうかはあまり問題ではないのです。目の前に広がる海を見ながら、その時間を楽しむことが釣りの醍醐味なのです。私はおじちゃんたちの仲間に入れてもらいましたが、釣りには色々な人が来ています。親子や兄弟、学生やオフィスカジュアルのような格好の人まで。色々なバックグラウンドの人と話せるのも釣りの楽しみの一つです。 釣りを楽しむのはガラタ橋だけではありません。アジア側のウスキュダルでヨルダン人の友人と釣りをした時には、通りがかりの人が釣りを教えてくれました。ベシクタシュも海に近いので釣りを楽しめます。竿を持っていなくても、「お!今日は大漁ですね。」と話すだけで会話が生まれます。釣りをはじめたことで、イスタンブルとの距離感が縮まった気がしました。私が東京に帰って、仕事や満員電車で疲れた時に思い出す「トルコ」はこういう些細な日常の光景だったりします。 留学から日本に帰る時、釣竿は日本に持って帰れないので他のゴミと一緒に玄関に置いておきました。滞在中1匹しか釣れませんでしたが、人生初のマイ釣竿。この釣竿のおかげで出会えた人もいるので、少し愛着があります。そこで大家さんに遭遇。「半年間お世話になりました」とか「今度はいつトルコに来るの?」と他愛も無い話をしていると、ふと大家さんの目が変わりました。「バハル(トルコでの私の名前)、なんで釣りに誘ってくれなかったんだ!」少し寂しそうな顔の大家さん、いつか一緒に釣りをしようと話して別れました。あれ以来、なかなか時間がなくてトルコに行っても釣りはできていませんが、いつかまた挑戦したいと思います。
レマン Leman トルコの風刺かわら版 左よりの週刊誌であるこのかわら版は、もともとリモン(Limon トルコ語でレモンを意味する)という名前であったが、政府を批判する内容を含むために幾度も廃紙を余儀なくされ、そのたびに名前を少しずつ変え今に至っている。 週刊誌 全16ページ 値段 3.5リラ(約140円)2015年9月現在 紹介したいのは2015年9月30日号 表紙 点呼を取る先生が一人ずつ生徒の名前を呼ぶ。生徒たちは“Burdaここです!”と答える。最後のエリフちゃんは天国の雲の上から”ここです“という。テロ事件で亡くなった女の子エリフちゃんのことを語る1枚。 2ページ 文学好きで心の優しい男性を主人公にしたシリーズ。 2ページ 怠惰な独身男シリーズ。”動きたくない!”をモットーに生きる男ベズギン・ベキルの冒険フル人生。 3ページ (下中央)「休みにはどこかに行かれたんですか?」「行ったには行ったんですが、時間がなくて車を降りずに帰ってきました。往復に9日間かかったんですよ。あなた方は?」「私たちはどこにも行けませんでした。車で9日間ボスボラス橋の渋滞にひっかかっていたんです。」←お休みの移動やUターンラッシュは日本にも共通するものがありますね。 4,5ページ 6,7ページ 8,9ページ 10ページ左上 肉屋での主婦と店主の会話 主婦「誕生日パーティーの予約がしたいんですけど」 店主「ここは肉屋ですよ奥さん?」 主婦「息子がここがいいって言うんですもの、いいじゃないの!何人分の席を用意してくださるのかしら?」 店主「近頃のパーティーだの誕生日会だの、まったくわからん!どうしちまったんだみんな。いいだろう、祝ってやろうじゃないか。金は要らねえよ。店先に2つばかりテーブル出せばいいんだろう?」 主婦「ケーキは誰が担当されるの?」 店主「はあぁ??!!」 ←トルコでは誕生日を大々的に祝うという習慣がもともとなかったが、近年西洋の影響をうけ、パーティーブームが起こっていることを受けて描かれたもの。 13ページ (中央) ワニ夫婦の会話 「今日外食しようかダーリン?」「いいわね」 (陸のサルを捕えて)「瞬殺だぜ!」「(外食っていうからもっとおしゃれなところを期待してたのに)乱暴な人と結婚したもんだわ!」 14,15ページ 16ページ 関連記事 ・ペングエン トルコの風刺かわら版 ・ウイクスズ トルコの風刺かわら版
トルコで箏の魅力を紹介している末冨敦子先生より 「 ことだま・イスタンブル」メッセージ。 『ことだま・イスタンブル』 日本・トルコ 共同著作 2015年 アルケオロジー・ヴェ・サナト出版 日本からトルコを、トルコから日本を見つめ、2か国、2言語で出版された文芸作品。 2015年に出版された『はじまり』は、日本とトルコ、また両国につながりを持つ芸術家、作家、学者、研究者による共著。各執筆者がそれぞれの立場から見た日本・トルコ両国のつながりや、文化・文芸、歴史などについて綴る。これまで注目されることのなかった二国の文芸的側面に光を当てた珠玉の一冊。 本の詳細やサンプルページはこちら↓
トルコで私も考えた トルコについての本は数多くある中、漫画家の高橋ゆかりさんの「トルコで私も考えた。」は格別に面白い。トルコにリポーターとして渡った高橋さんは最初は完全に外から見ていたトルコに次第に溶け込んでいきます。トルコ人の旦那さんとの出会いや結婚後の日本での生活ぶりまで語ってある5冊のシリーズは貴重な比較文化資料とも言えるでしょう。 Amazon Japan アマゾン・ジャパン
作家 新藤悦子 新藤 悦子(しんどう えつこ、1961年 – )は、ノンフィクション作家、ファンタジー小説家。愛知県豊橋市出身。津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業。1988年、情報センター出版局刊の『エツコとハリメ 二人で織ったトルコ絨毯の物語』でデビュー。 略歴[編集] 1961年 愛知県豊橋市に生まれる。津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業。在学中から中近東に関心を持ち、トルコ、エジプトを旅行。 1985年から86年にかけてトルコ、イランを遊学する。トルコのカッパドキア地方ギョレメ村にて、現地の女性ハリメさんの手ほどきを得て絨毯を織り上げる。この時の体験をもとに綴った初の書き下ろしが、『エツコとハリメ』。 1987年、ソビエト連邦領中央アジアからトルコへと遊牧民の軌跡を追い、それをまとめたものが『羊飼いの口笛が聴こえる 遊牧民の世界』。以降若手のノンフィクションライターとして、著作を重ねる。 2003年3月豊橋ふるさと大使に任命される。 2005年5月 『青いチューリップ』が、第38回日本児童文学者協会新人賞受賞 2006年5月 1996年日本ヴォーグ社刊行の絵本『空とぶじゅうたん』が、『空とぶじゅうたん1』『空とぶじゅうたん2』としてブッキングより復刊。 2015年9月 ノベルズ・エクスプレス刊行の 単行本『イスタンブルで猫さがし』 著書[編集] 『エツコとハリメ 二人で織ったトルコ絨毯の物語』(情報センター出版局 1988年7月発行) 『羊飼いの口笛が聴こえる 遊牧民の世界』(朝日新聞社 1990年6月10日発行) 『チャドルの下から見たホメイニの国』(新潮社 1992年1月25日発行) 『イスタンブールの目』(主婦の友社 1994年4月1日発行) 『トルコ風の旅』(東京書籍 1996年5月24日発行) 初のファンタジー絵本『空とぶじゅうたん』(こみねゆら挿絵 1996年11月20日 日本ヴォーグ社発行) 『ギョレメ村でじゅうたんを織る――たくさんのふしぎ傑作集』(福音館書店 1998年9月25日発行) ファンタジー『時をわたるキャラバン』(東京書籍 1999年7月2日発行) 『青いチューリップ』(講談社2004年11月発行) 『青いチューリップ、永遠に』(講談社2007年10月25日発行) 『月夜のチャトラパトラ (文学の扉)』(講談社2009年11月11 日発行) 『ピンクのチビチョーク』(童心社2010年3月5日発行) 『ロップのふしぎな髪かざり』(講談社2011年6月29日発行) 『ヘンダワネのタネの物語』(ポプラ社2012年10月6日発行)