『イスタンブール短編集』サーイト・ファーイク・アバスヤヌック
『イスタンブール短編集』 1997年 智文社
サーイト・ファーイク・アバスヤヌック
小山皓一郎(編・訳)
内容(「MARC」データベースより)
わが街よ、海よ、カモメよ、おろかで哀しく愛しき人びとよ…。1930~40年代の黄昏のイスタンブールを舞台に人生の哀歓・人情の機微を絶妙の筆で描く28編。
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1986年イスタンブール生まれ。2010年ミーマルシナン大学絵画科を卒業。2013年に個展「家族の形見」を開く移民してトルコに来た人たちの家族アルバムから取ってきた写真や彼らの古着と、自分自身も移民である祖母が編んだレースを、キャンバス上で組み合わせて作品を作成。家族の絆が弱まっていると言われる今日もなお、トルコ人がどれほど伝統に囚われているかを、 また自由が制限されることが安らぎを与えるという矛盾した構造を、我々に問いかけた。この個展で自分が集めた材料を作品に採り入れたこと、そしてトルコ人の個人的・社会的行動モデルに関心を持ったことから、ドイツ人芸術家アンゼルム・キーファーについて研究するようになった。キーファーもまた自国ドイツの過去と向き合おうとし、多くの材料をキャンバス上で合成する手法をとっている。 2015年にウシュク大学社会科学研究所でキーファーに関する論文を提出し、修士号を取得した。2014年、ドイツニュールンベルグのタイニーグリフォンギャラリーで現代社会における自然と人間の関係をテーマとした個展「自然の逆襲」を開く。2016年には3度目の個展「アンチボディー」をミュンヘンのマックスモニュメントギャラリーで開催。 「人間が自然に介入した結果身体に起こる変化を、医学用語を用いつつ遊び心もある視点で表現を試みました。本来「アンチボディー」は医学用語で抗体のことを言い、予防接種、ウイルスや病気に対して、体内で自然に作られる自己防衛メカニズムを指します。しかし今日では、自然でないものにあまりにも支配されているために、身体の本来あるべき状態を壊して、防衛本能がかえって自分の体を蝕むということが起こりうるのです。」 2016から2017年にかけてデンマークで暮らした。北欧文化と洗練されたデザイン感覚に触れたことが、彼女の作品に影響を与えた。トルコ国内の政治的にも社会的にも重苦しい空気から、完全にとはいえないまでも遠ざかることができ、デンマークの自然や穏やかな雰囲気にインスピレーションを与えられ、白をベースに空間の多い幾何学的に構成されたコラージュ作品を生み出した。 紙の上に作られるコラージュは、国々を移動するときにも持ち運びが容易だった。多くの国々を訪れながら、作品は構成だけでなく概念的にも変化し、自分がどの文化圏に属しているのかを自問するに至った。個人主義が基本のヨーロッパ社会における孤独、また、東から西洋に移住して来た自分がどちらの社会に属するかという問題意識が、次第に作品の中心テーマになっていく。 移住、そしてマルチアイデンティティーを持つ状況を、多くの場合、女性の姿に人種と社会階級の象徴となりうるアイテムを加えて表現することを試みた。例えば、色とりどりの髪の毛を組み合わせたり、着衣に異なる民族文化をルーツとする模様の生地を貼り付けたり、異なる肌の色や身体の部分を組み合わせながら、コントラストを生み出した。 これらの作品はいろいろな国で展示される機会を得た。2017年からはロンドンのキューブギャラリーで作品が公開されている。最近では、イスタンブールのギャラリー、アンナローデルコンテンポラリーで、「Happy at Nowhere」(どこにも属さないという幸福)と題して4度目の個展を開いた。同時に、コペンハーデンでクリストファーエゲルンドギャラリーとの契約が始まった。さらには国際アートフェア、アーティスト招聘プログラム、美術館やギャラリーで共同展にも参加している。 「2019年に入ってからは、完全にベルリンに腰を下ろしたと言えます。制作をベルリンのアトリエで行っています。 違いが非常に尊重され、文化を素晴らしく豊かにしているこの町で、私の作品がまた新たな形態をとり、そして概念の豊かさが加わり多様化すると信じています。今頭にに浮かんでいるベルリンをテーマにしたプロジェクトを一日も早く実現させたい気持ちでいっぱいです。」 「学生時代から日本の美意識に興味があり、版画手法について調べていました。浮世絵と木版画を習作しました。この頃は、花を作品に採り入れる方法、繊細な表現、感情的アプローチに大きな影響を受けています。具体的には黒澤明監督の映画などがあげられます。北野武監督の映画「アキレスと亀」に見られる皮肉のこもったアプローチは、私が芸術とアート市場に関するプロとしての見解を確立するにあたって大きく影響をしたものです。ビジュアルの豊かさと想像力の視点からは、宮崎駿監督の全作品からも多大なインスピレーションを受けました。」 https://www.ekinsukoc.com/ 1986 İstanbul doğumlu Ekin Su Koç 2010 yılına Mîmar Sinan Üniversitesi Resim Bölümünden mezun oldu. 2013’te Aile Yadigârı adlı kişisel sergisini açtı.Türkiyedeki göçmen ailelerin evlerinden çıkan aile fotoğraflarını, eski kıyafetleri ve kendisi de göçmen olan anneannesinin ördüğü dantelleri resimleriyle birleştirdi. Aile…
トルコのもう一つの顔 (中公新書) 小島 剛一 トルコ事情に詳しい方に進めたい一冊。日本人には珍しく多国語堪能な作家が、トルコのクルド人やザザ人という民族の人たちに出会い、言葉の研究を進める。東トルコの山奥の村々を訪ねる彼が目の前のするのはトルコの多民族事情だけではなく、クルド人が受けている弾圧など悲惨なことも少なくない。2014年の大統領選でクルド人候補者が出馬し、2015年の総選挙でクルド人地域に強いHDP党がトルコ全土から票を集めて国会で勢力を上げるなど、クルド人問題が解決への前進が感じられる。それでも、この本の中身は過去のものとは言えない。クルド問題の一面に光るをさす大事な本です。
映画監督 セミフ・カプランオール Semih Kaplanoglu トルコを代表する映画監督、劇作家 (1963年4月4日-)トルコ、イズミル出身。大学で映画を学んだ後、一旦は広告会社でコピーライターとして働く。その後、撮影助手として映画の世界に。 2001年、初の長編映画『みんな自分の家で』はイスタンブール国際映画祭において年間最優秀トルコ映画賞を、アンカラ国際映画祭では作品賞など4部門で受賞。翌年、第15回シンガポール国際映画祭でも監督賞とアジア映画賞を受賞した。 その後、映画制作会社カプラン・フィルム・プロダクションを立ち上げ、2005年に映画『天使の墜落』 Melegin Dususuを同社で製作。本作は、ナント三大陸映画祭とケララ国際映画祭でグランプリを受賞。2作連続の出品となったイスタンブール国際映画祭では国際映画批評家連盟賞を、アンカラ国際映画祭では審査員特別賞を受賞した。 その後、自身の半生を元に、一人の人物の壮年期から幼年期までを遡っていく形で描く三部作の製作を始め、2007年に1作目の『卵』を発表。第60回カンヌ国際映画祭の監督週間部門で上映された他、イスタンブール国際映画祭とニュルンベルク映画祭、アンタルヤ・ゴールデン・オレンジ映画祭でグランプリを、ファジル映画祭で監督賞を受賞。 また、主人公の親戚の娘を演じたサーデット・アクソイが多くの女優賞を獲得した。2008年に発表した2作目の『ミルク』は、第65回ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門で上映された他、イスタンブール国際映画祭で観客賞と国際映画批評家連盟賞を受賞した。 2010年に発表した3作目の『蜂蜜』は、第60回ベルリン国際映画祭で金熊賞とエキュメニカル賞を受賞。初の世界三大映画祭での受賞となった。これらは主人公の名前を取って「ユスフ三部作」と呼ばれている。 関連記事 ・ユルマズ・ギュネイ ・フェルザン・オズペテク
アヤソフィアの小さな住人たち② アヤソフィアの新入りたち アヤソフィアの小さな住人たち② アヤソフィアの新入りたち 先月はアヤソフィアの館内で出会った猫、グリを紹介しました。グリはアヤソフィアの長老猫ですが、今日は新しく仲間に加わった子猫たちの写真を紹介します。 2017年の夏、アヤソフィアの門の横で母猫と2匹の子猫に出会いました。普段から観光客に遊んでもらっているのでしょう。カメラを怖がる様子もありません。むしろ、「これ何?」と言わんばかりにレンズに顔を近づけたり、胸を張っている座ってみせる姿はまるで「撮って!」と言っているようです。 ところで、子猫だけでなく動物の写真を撮る際は、被写体に話しかけて許可をとるようにしています。レンズを怖がる子もいるので、ストラップで遊んだりしてカメラに慣れてもらい、リラックスしてもらうこともあります。 特に子猫を撮る場合は、近くにいる親に許可をとります。「私は危険な人間ではありません。お子さんの写真を撮っても良いですか?」と言葉でお願いします。もちろん言葉そのものが伝わっているとは思いません。しかし、面白いことに親は嫌なら嫌という素振りを見せますし、大丈夫なら後ろに下がるなど何かしら態度で示してくれます。 今回もまずお願いしようと母猫を探したら、半ば呆れた顔で後ろに下がっていきました。どうやら子猫たちの好奇心に根負けしたようです。そんな母猫には目もくれず、子猫たちはピントが合わないくらい近くまで寄ってきます。 次第にカメラに慣れてきたのでしょう。2匹で追いかけっこをしたり、木登りを始めて元気いっぱいな姿を見せてくれました。スルタンアフメットを訪れた人々にも物怖じせず近づきます。その姿はすっかりイスタンブルっ子です。 段々と景色がオレンジ色になり、お別れの時間になりました。子猫たちも遊び疲れたのでしょう。すこしぐったりした様子です。(親子並んだ写真) ふと見ると、子猫の一匹が顔をあげて広場を見つめていました。夕日に照らされた横顔は、先ほどのあどけない子猫の顔から一変し、凛とした逞しい顔つきをしていました。彼らのまっすぐな瞳に「イスタンブル」という街はどのように映っているのでしょうか。これからも、好奇心旺盛にすくすくと成長して行ってほしいものです。 猫との出会いも一期一会。縁があって楽しい時間を過ごせたときは、まるで友人と別れるかのような寂しさが残ります。 いつかまた彼らの大きくなった姿を写真に撮りに行きたいなと思いつつ、アヤソフィアを後にすることにしました。 イスタンブルに行く楽しみがまた一つ増えた出会いでした。
Saori Kimura 232 days in Turkey Photo Book トルコに移籍した一年近くトルコのチームで活躍した木村沙織選手のフォト日記。 Amazon Japan アマゾン・ジャパン