トルコの映画監督

トルコの映画監督

トルコの映画監督 トルコを代表する映画監督を何人か紹介しよう。 1.カンヌ国際映画祭でパルムドール受賞 ヌーリ・ビルゲ・ジェイラン 2.デビュー作で国際的な注目を集めた若手女流監督 デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン 3.イタリアが映画製作の拠点 ヨーロッパで定評のある フェルザン・オズペテク 4.ベルリン国際映画祭で金熊賞受賞 セミフ・カプランオール 5.1970年代を代表する監督 ユルマズ・ギュネイ 関連記事 ・トルコの小説家 ・トルコの歌手

『雪の轍』Kış Uykusu
|

『雪の轍』Kış Uykusu

『雪の轍』 Kış Uykusu 雪の轍はヌーリ・ビルゲ・ジェイラン監督が2014年に製作した長編映画。アントン・チェーホフの短編小説『妻』(1892年)にヒントを得て、カッパドキアを舞台に夫婦の葛藤を描いている。2014年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した。 監督について <あらすじ> 舞台はカッパドキア。元俳優のアイドゥンはここで年の離れた妻ニハル、妹のネジラとともにホテルを開業している。亡父の財産もあって裕福な彼らは、雑事は使用人に任せ何不自由 もない暮らしを重ねており、意識もすっかりブルジョアに染まりきっていた。ある日アイドゥンに納める家賃が払えないイスマイルの息子、イリヤスが憎悪をこ めてアイドゥンの車に投石する。この事件にアイドゥンは余裕を見せ追及をしなかったが、後日イスマイルの弟の導師ハムディに伴われイリヤスは謝罪に訪れ る。同情心を起こした篤志家のニハルは彼らへの憐れみを露わにするが、アイドゥンと対立する。 そんな彼にネジラも反意を明らかにするのだった。それもあっ てアイドゥンと慈善事業に没入するニハルの意識には亀裂が生じ、やがて口論の果てにアイドゥンは一時的な別居に出た。憔悴のなかニハルはイスマイルに逢 い、家族の生活費の足しになればと援助の金を渡すが、イスマイルはそれを暖炉の火中に放り投げた。一方ニハルへの気持ちを断ち切れないアイドゥンは、目的 地であるイスタンブールに向かうこともできず友人の家で酒に浸り、そしてニハルのもとに帰る気持ちを固めるのだった… <作品詳細> 『Kış Uykusu』 2014年5月公開 監督:ヌーリ・ビルゲ・ジェイラン 出演:ハルク・ビルギネル、メリサ・ソゼン、デメット・アクバー、タメル・レヴェント、ネジェット・イシュレル 2014年、トルコ、196分 関連記事 ・映画『昔々、アナトリアで』 Bir Zamanlar Anadolu’da ・映画 『裸足の季節』

映画監督 ユルマズ・ギュネイ Yilmaz Guney

映画監督 ユルマズ・ギュネイ Yilmaz Guney

映画監督 ユルマズ・ギュネイ Yılmaz Güney トルコ人映画監督、脚本家、俳優、小説家 (1937年4月1日-1984年9月9日)アダナ出身。アンカラとイスタンブール大学で法律と経済学を学んでいたが、大学在学中の1958年に映画界へ。初めは監督のアシスタントとして働き始めるも、その後二枚目俳優として人気となり、1975年までの17年間で100本以上の作品に出演した。脚本家としても1983年までの25年間で50本以上の脚本を執筆している。 1960年に国内でクーデターが起こると、執筆した小説が共産主義的であるとされ2年間投獄される。出所後、1966年に『馬と女と拳銃』で映画監督としてデビュー。1968年には自身の映画制作会社「ギュネイ・フィルム」を立ち上げ、『Umut(希望)』(1970年)や『哀歌』(1972年)など、4年間で13本の作品を監督するが、多くはトルコ政府から上映禁止処分を受ける。   1972年、アナーキストの学生を匿った罪で再び投獄されると、ギュネイは獄中から指示を出し、助手のシェリフ・ギョレンが現場で演出を行うという形式で映画製作を行い、同年、恩赦を受けて出所し、『友人』を撮影したが、『心配』(1974年に完成)の撮影中にユムルタルク郡のカジノで口論相手の郡判事セファー・ムトゥルを射殺したかどで逮捕され、10月25日にアンカラ重刑罰裁判所で開始された裁判の結果、1976年7月13日に19年の禁固刑を言い渡された。ギュネイは再び獄中から指示を出し、ゼキ・オクテンが演出を行った『群れ』(1979年)や『敵』(1980年)といった作品を製作し、前者はロカルノ国際映画祭特別賞や英国映画協会サザーランド杯、後者は第30回ベルリン国際映画祭で特別賞を受賞するなどいずれも高く評価された。また、1977年と1981年には業績を称えられ、ベルリン国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を2度受賞している。 1981年に刑務所を脱獄し、フランスに亡命。獄中のギュネイの指示を元にシェリフ・ギョレンが演出を行った『路』の編集作業を行い、翌1982年に完成させる。刑務所から仮出所を許された5人の男の姿を描いた本作は第35回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞。1984年、亡命先のパリで胃癌により47歳で死去。 関連記事 ・ヌーリ・ビルゲ・ジェイラン ・フェルザン・オズペテク

『希望』 Umut

『希望』 Umut

『希望』 Umut ユルマズ・ギュネイ監督が1970年に発表した作品。 監督について <あらすじ> 貧しい田舎者ジャッバルは、唯一の資産である馬を車に轢かれ失ってしまった。人生でたった一つの宝物を失ったものは、何に希望を見出せば良いのか。そこでジャッバルは(イスラム教の)師に教えを乞う。「宝があるからそれを探すように。」師から受けた言葉だけを信じ、妻も子供も省みず宝を探し続けるジャッバルだったが、とうとう宝は見つからなかった。神に向かって両手を広げ、高大な台地で祈りをささげながら回る…回る…。もはや何も信じられるものはない。いったいどんな神に祈りをささげているのだろう… <受賞> ・1970年 第2回アダナ ゴールデンボール映画祭 最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀脚本賞、最優秀男優賞、最優秀写真賞(カヤ・エレレズ)、 ・アンタルヤゴールデンオレンジ映画祭 最優秀男優賞 ・グルノーブル映画祭 審査員特別賞 <作品詳細> 『Umut』 1970年公開 監督:ユルマズ・ギュネイ 音楽:アーリフ・エルキン 出演:ユルマズ・ギュネイ、トゥンチェル・キュルティズ、オスマン・アルヤナク、エンヴェル・ドンメズ、ギュルシェン・アルヌアチュク、キュルシャト・アルヌアチュク、ルトフ・エンギン 1970年、トルコ、100分 関連記事 ・最後の授業 Hakkari’de Bir Mevsim ・無知な妖精たち Cahil Periler  

映画監督 セミフ・カプランオール Semih Kaplanoglu

映画監督 セミフ・カプランオール Semih Kaplanoglu

映画監督 セミフ・カプランオール Semih Kaplanoglu トルコを代表する映画監督、劇作家 (1963年4月4日-)トルコ、イズミル出身。大学で映画を学んだ後、一旦は広告会社でコピーライターとして働く。その後、撮影助手として映画の世界に。 2001年、初の長編映画『みんな自分の家で』はイスタンブール国際映画祭において年間最優秀トルコ映画賞を、アンカラ国際映画祭では作品賞など4部門で受賞。翌年、第15回シンガポール国際映画祭でも監督賞とアジア映画賞を受賞した。 その後、映画制作会社カプラン・フィルム・プロダクションを立ち上げ、2005年に映画『天使の墜落』 Melegin Dususuを同社で製作。本作は、ナント三大陸映画祭とケララ国際映画祭でグランプリを受賞。2作連続の出品となったイスタンブール国際映画祭では国際映画批評家連盟賞を、アンカラ国際映画祭では審査員特別賞を受賞した。 その後、自身の半生を元に、一人の人物の壮年期から幼年期までを遡っていく形で描く三部作の製作を始め、2007年に1作目の『卵』を発表。第60回カンヌ国際映画祭の監督週間部門で上映された他、イスタンブール国際映画祭とニュルンベルク映画祭、アンタルヤ・ゴールデン・オレンジ映画祭でグランプリを、ファジル映画祭で監督賞を受賞。 また、主人公の親戚の娘を演じたサーデット・アクソイが多くの女優賞を獲得した。2008年に発表した2作目の『ミルク』は、第65回ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門で上映された他、イスタンブール国際映画祭で観客賞と国際映画批評家連盟賞を受賞した。 2010年に発表した3作目の『蜂蜜』は、第60回ベルリン国際映画祭で金熊賞とエキュメニカル賞を受賞。初の世界三大映画祭での受賞となった。これらは主人公の名前を取って「ユスフ三部作」と呼ばれている。 関連記事 ・ユルマズ・ギュネイ ・フェルザン・オズペテク

『天使の墜落』 Melegin Dususu

『天使の墜落』 Melegin Dususu

『天使の墜落』 Meleğin Düşüşü セミフ・カプランオール監督の2005年の作品。 監督について   <あらすじ> あるホテルで清掃の仕事をしているゼイネプの夜は、父親からの虐待のせいで地獄も同然。ゼイネプがコミュニケーションを取れるのは同じホテルで働き、彼女に関心を示しているムスタファだけ。 自分よりも年下のムスタファの誘いには簡単に良い返事はできない、けれど無視することもできない。ゼイネプは、心の中の葛藤から解放されるべく、進むべき探している。 同じ町の別の場所では、若い音響技師のセルチュクが、妻の死への罪の意識に苦しんでいる。セルチュクの妻の服の入ったスーツケースは、ゼイネプの運命を思わぬ形で変えてゆくのだった… <受賞> ナント三大陸映画祭 グランプリ ケララ国際映画祭 グランプリを受賞 イスタンブール国際映画祭 国際映画批評家連盟賞  アンカラ国際映画祭 審査員特別賞 <作品詳細> 『Melegin Dususu』 2005年 監督:セミフ・カプランオール 音楽:エドワード・グリーグ 出演:トュリン・オゼン、ブダク・アカリン、ムーサー・カラギョズ、エンギン・ドアン、イェスィム・ジェレム・ボスオール、オズレム・トゥルハル 2005年、トルコ、ギリシャ、90分 関連記事 ・映画 『裸足の季節』 ・映画『昔々、アナトリアで』 Bir Zamanlar Anadolu’da  

映画監督ヌーリ・ビルゲ・ジェイラン Nuri Bilge Ceylan

映画監督ヌーリ・ビルゲ・ジェイラン Nuri Bilge Ceylan

ヌーリ・ビルゲ・ジェイラン Nuri Bilge Ceylan トルコを代表する映画監督、脚本家、写真家 (1959年1月26日-)イスタンブール出身。ボアズィチ大学でエンジニアリングを学んだ後、ミマール・スィナン芸術大学で2年間映画製作を学ぶ。ボアズィチ大学に在学中、写真部、山岳部などに所属し、自然に関心を持つように。1995年、初作品となる短編『繭』を製作し、これが第48回カンヌ国際映画祭の短編部門で上映されたことで注目を浴びた。 その後、1997年に『カサバ – 町』で長編デビュー。翌1998年の第11回東京国際映画祭のコンペティション部門に出品され、東京シルバー賞を受賞した。フォーラム部門に出品された第48回ベルリン国際映画祭ではカリガリ映画賞を受賞。1999年の『5月の雲』は翌2000年の第50回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門に出品された。 2002年の『冬の街』と2011年の『Bir Zamanlar Anadolu’da (昔々、アナトリアで)』でカンヌ国際映画祭グランプリを、2008年の『スリー・モンキーズ』でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞。2014年には5度目の出品となった第67回カンヌ国際映画祭で『雪の轍』がパルム・ドールを受賞した。 ちなみに、彼の作品は上映時間がとても長いことでも有名である。例えばパルム・ドールを受賞した『Kış Uykusu(雪の轍)』は196分の大作だ。 関連記事 ・デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン ・セミフ・カプランオール  

『昔々、アナトリアで』 Bir Zamanlar Anadolu’da

『昔々、アナトリアで』 Bir Zamanlar Anadolu’da

『昔々、アナトリアで』 Bir Zamanlar Anadolu’da ヌーリ・ビルゲ・ジェイラン監督が2011年に発表した本作は、製作者の一人の経験した、アナトリア高原で死体を探す男たちのエピソードに基づいている。 監督について <あらすじ> ある夜、アナトリアの町ケスキンの郊外を、三台の車で男達-警察官たち、医者、検事、墓堀人たち、憲兵たち、そして殺人容疑のかかった二人兄弟-が走っている―死体を探して。 容疑者の一人、ケナンは、一行を噴水から噴水へと促す。犯行時、彼は酔っていて、彼と、彼の兄弟(精神障害を患う)がどこに死体を遺棄したか思い出せない。暗さと、どこまでも続く同じ地形…探し物を見つけるのは容易ではなさそうだ。 男達は夜な夜な様々な話をする。ヨーグルトやラムチョップについて、家族、妻、元妻、死、自殺、ヒエラルキー、官僚主義、道徳、それから仕事についても。哲学も話題となる。その中でも中心をなし、本作の中で何回も出てくるのは「子どもは、親の過ちから逃れられない。子供がその代償を払う」というもの…   <作品詳細> 『Bir Zamanlar Anadolu’da』 2011公開 監督:ヌーリ・ビルゲ・ジェイラン 出演:ムハンメト・ウズネル、タネル・ビルセル、ユルマズ・エルドアン 2010年、トルコ、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、157分 アマゾンでご購入できます 関連記事 ・映画 『雪の轍』 Kis Uykusu ・映画 『希望』 Umut  

映画監督 フェルザン・オズペテク Ferzan Ozpetek

映画監督 フェルザン・オズペテク Ferzan Ozpetek

映画監督フェルザン・オズペテク Ferzan Özpetek トルコ人監督、脚本家、作家 (1959年2月3日-)イスタンブール出身。1976年、映画史を学ぶためローマのサピエンツァ大学に留学。美術史や衣装デザインをナウォーナ・アカデミーで学び、監督の教育をシルヴィオ・ダミーコ国立舞台芸術学院で受けた。その後、マッシモ・トロイージ、マウリツィオ・ポンツィなど名だたるイタリア人監督のもとで助監督などを務めた。 監督としては1997年、イタリア、スペイン、トルコの合作で制作された『ハマム』でデビュー。同作はカンヌ・国際映画祭にも出展され、20か国で放映された。以後、現在に至るまでイタリアを拠点に数多くの映画作品を発表。 自身がゲイであることから、同性愛をテーマにした作品も多い。 <主な作品> 1997年 『Hamam』 1999年 『Harem Suare』 2003年 『Facing Windows』 2007年 『Saturn in Opposition』ナストロ・ダルジェント最優秀脚本賞、助演女優賞、最優秀女優賞、音楽賞受賞  2001年 『Cahil Periler』 この作品について詳しくはこちら   関連記事 ・デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン ・ヌーリ・ビルゲ・ジェイラン

『無知な妖精たち』 Cahil Periler 2001年

『無知な妖精たち』 Cahil Periler 2001年

『無知な妖精たち』 Cahil Periler 2001年 自身がゲイであることから、ホモセクシュアリティーがテーマとなる作品を多く手掛けているフェルザン・オズペテクの作品の中で、特に有名なのがこの作品である。   <受賞> ・ナストロ・ダルジェント 最優秀女優賞(マルゲリータ・ブイ)、最優秀男優賞(ステファノ・アッコルシ)、最優秀制作(ティルデ・コルシ、ジャンニ・ロモリ) ・イメージ・ネーション フェスティバル 視聴者賞 ・ニューヨーク ゲイ・レズビアン フィルム フェスティバル 最優秀作品 ・オースティン ゲイ・レズビアン 国際映画祭 最優秀作品 監督につい <あらすじ> アントニアはAIDSの治療を専門とする医者。夫のマッシモと、母と共に平穏な生活を送っていた。しかし、交通事故で突然夫を失ってしまう。夫の遺品を整理中、夫のデスクから見つけたのは、夫がミケーレという男性と関係を持っていたことを示すもの。はじめは怒りを失望に打ちひしがれ、ミケーレに憎悪を感じていたアントニアだったが、次第に彼と、彼の周りのゲイ、トランスジェンダーの友人たちと打ち解ける。彼らは、トルコからの移民や、劇作家、ブティックのオーナーなど個性豊かな面々。彼らの生活を知るほどに、アントニアの人生も劇的に変化していくのだった… <作品詳細> 『Cahil Periler』 2001年 監督:フェルザン・オズペテク 音楽:アンドレア・グエッラ 出演:マルゲリータ・ブイ、ステファノ・アッコルシ、セッラ・ユルマズ、ガブリエル・ガルコ、エリカ・ブラン、アンドレア・レンツィ、コライ・ジャンデミル 2001、イタリア、106分 関連記事 ・映画『昔々、アナトリアで』 Bir Zamanlar Anadolu’da ・映画『天使の墜落』 Melegin Dususu